塾講師の楽しさを教えてくれた生徒たち

塾講師の苦労・やりがい

こんにちは(^^)

塾講師の仕事は大変だけどやりがいがあるよ、とよく言われるけれども、本当にそうだろうか。
自分にもそれを感じられるだろうか。
そう思って不安を抱いてしまうことがあるかと思います。

今回は、私が塾講師1年目に初めてやりがいを感じたときのお話です。

 

 

私の専門は社会科。

しかし、入社1年目の頃はまだまだ授業が下手だったため、担当をあまり持たせてもらえませんでした。

 

では、社会の担当授業が無い日は何をしていたのでしょう。

 

私が正社員として働いていた塾では、中学生は国数英理社の5教科の授業の他に、週に1回の数学の問題演習が時間割に組み込まれていました。

数学の問題プリントを解き、答え合わせをし、解説ビデオを見るというもの。

 

自分の専門教科の授業が無い若手社員は、主にこの演習の時間の監督を担当するというわけです。

解説ビデオがあるので、数学に自信がなくてもできるようになっています。

 

 

私が入社1年目の年にこの演習授業を担当した、ある校舎の中3の生徒たち。

彼らと出会わなければ、私は2年目を迎えることなく塾講師を辞めていました。

 

 

非常に情けない話ですが、もし彼らの社会の授業を担当していたら、きっと心を掴むことはできなかったでしょう。

授業が下手すぎて。

実際、私が1年目に社会の授業を担当していたクラスは、どこも支持率が低く、あまり関係が上手くいっていませんでした。

(本当に恥ずかしいことですし、当時担当した生徒たちには申し訳ない気持ちでいっぱいです。もちろん、1年目から活躍する講師もたくさんいます)

分かりやすいとか面白いとかが強く求められる教科の授業ではなく、難易度低めの演習監督だったからこそ、彼らに受け入れてもらうことができたのは間違いありません。

 

とはいえ、私は彼らとの関わりを通して、塾講師のやりがいであり、原動力となる「生徒を可愛いと思う気持ち」を知ることができたのです。

 

 

その校舎の中3の生徒たちは70名強、3クラスでした。

 

一般的な企業の入社式は4月1日ですが、塾は3月から新年度が始まります。

2月半ばから厳しい研修を受け、彼らの前に初めて立った日の私は、まだ大学を正式に卒業してすらいませんでした。

スーツ姿も様になっていない、緊張して全身に力が入りまくりの「先生」など、中学生は簡単に新人だと見抜きます。

 

それでも、「そう、この3月から新しく先生になったの。まだ上手くできないかもしれないけどよろしくね」なんて口が裂けても言いません。

「先生って新人?」と聞かれても、「違う」と断固否定します。

(「若く見える?嬉しいな~!」とか余裕ありげにかわしましょう。笑)

 

先ほど「難易度低め」と書きましたが、決してなめられてはいけないのです。

 

演習授業の大まかな流れは以下の通り。

 

まず、前回の授業で宿題にしていたテキストを回収します。

それから問題用紙を配り、生徒たちが解いている間にテキストをチェック。

未提出者は誰か、きちんと解いてあるかなど。

問題を解く制限時間が終わったら、解説ビデオを再生、その後模範解答を配付して採点。

点数は毎週記録させます。

 

いかがですか。簡単そうだと思いますか。

難易度低めなのは、あくまでも教科の授業よりも、ということ。

演習授業の最初から最後まで私語をさせずに取り組ませ、生徒を指示通りに動かして授業時間内に終わらせるのは、実はなかなか難しいのです。

それこそ、新人だとなめられてしまっては絶対にうまくいきません。

 

また、この先生は怒っても怖くないと思われると、宿題の提出率も悪くなります。

 

宿題のテキストを説く

自分の理解不足を発見

1週間のうちに先生に聞くなどして解決

演習授業で確認

 

というサイクルになっているため、宿題をさぼると演習授業の意味が半減してしまいます。

演習監督を担当する講師が(働きかける方法はさまざまですが)生徒に宿題をやってこさせる力があるかどうかは、非常に重要になってくるのです。

 

 

さて、説明が長くなってしまいましたが、私は生徒たちになめられることなく、監督を務めることができたのでしょうか。

 

いいえ。

正直に言ってしまうと、当時の私はやはり力不足でなめられていたと思います。

実際、いつも解説ビデオの最中に生徒がお喋りを始め、静かにさせるのに苦労しました。

タメ口で話しかけてくる生徒もたくさんいました。

 

しかし、社会を担当していたクラスと違っていたことが一つだけ。

 

生徒たちと仲良くなることに成功し、好かれることができたのです。

 

もちろん、こちらは授業料をいただいているプロの講師なのですから、好かれることなんかよりも指導力の方が大切なのは百も承知ですが。

 

 

新人講師にとって、演習授業は生徒とのコミュニケーション力を鍛える最適な場でした。

なぜなら、毎回の授業でテキストのチェックとテストがあるから。

高得点の生徒を褒める、点数が伸びない生徒を励ます、宿題をやってこない生徒を叱る、などなど、コミュニケーションのきっかけがたくさんあるのです。

 

私も、生徒一人一人にできるだけ声をかけるようにしました。

同じ生徒ばかりにならないように、目立つ子、目立たない子、みんなに。

授業内だけでなく、毎週の授業前には前回の点数を再確認して、登校時にも話しかけに行きました。

 

当時の私には指導力もテクニックも何もなかったので、褒めるときも叱るときもこちらの感情を伝える以外にはありませんでした。

講師と生徒というよりも友だち関係、せいぜい「勉強を教えてくれる姉ちゃん」といった感じで威厳もなく、講師のあるべき姿ではないと当時も自覚していました。

 

しかし、生徒たちはだんだんと

「先生は、私たちが良い点数を取ると嬉しいらしい」

「俺たちが宿題を忘れると、がっかりするらしい」

と、感じ取ってくれるようになっていきました。

 

そんなのは当たり前だと思われるかもしれません。

しかし、講師としての責任感とか仕事としてではなく、「先生が喜んでいる。悲しんでいる」というのがストレートに伝わっていて、先生を喜ばせよう、悲しませないようにしよう、と動いてくれるって、意外とないことだと思うのです。

 

もう学年の終盤に近付いていた冬頃。
普段まず宿題を忘れてくることなどなく、成績も優秀だった生徒が「先生ごめんなさい、やっちゃった」という顔で非常に申し訳なさそうにテキストを忘れたと謝りに来たことが、今でも忘れられません。

 

私の気持ちが伝わって、生徒たちがそれに応えようとしてくれる。

授業に取り組む姿勢が少しずつ変わっていく。

この校舎の中3は、他の校舎と比べて宿題の提出率も演習問題の平均点も圧倒的に高くなりました。

 

特に中3ともなると、講師の言葉に素直に応じる生徒ばかりではありません。

でも、彼らは未熟な私の働きかけを受け取ってくれました。

力不足で上手くできなかったこともたくさんありましたが、彼らのおかげで、注いだ愛情は届くんだという「塾講師としてのやりがい」を感じることができたのです。

 

 

繰り返しになりますが、彼らと出会っていなければ、私は1年目で塾講師を辞めていました。

彼らが塾講師の仕事の楽しさ、素晴らしさを教えてくれたから。

失敗ばかりで上司に叱られまくって、生徒からも冷たい視線を浴びせられ、身も心もボロ雑巾の如く疲弊していたのに、それでも続ける道を選べたのは彼らのおかげです。

 

 

書いていて気付きましたが、私が新卒(23歳)だった年に彼らは15歳。

そして私は今年31歳。

ということは、彼らは今年23歳の大学新卒じゃないですか!笑

あの子たちが当時の私と同じ年になったなんて、時が経つのは何と早いのでしょう。

 

いつか一緒に酒を飲みながら思い出話でも…なんて叶わぬ夢ですが、彼らの活躍と幸せを願ってやみません。

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